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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)8068号 判決 1987年5月16日

原告

迫田厚子

ほか四名

被告

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告迫田厚子(以下「原告厚子」という。)、同迫田英文(以下「原告英文」という。)及び同迫田太(以下「原告太」という。)に対しそれぞれ一一三一万八六一七円、原告迫田利馬(以下「原告利馬」という。)及び同迫田イツ(以下「原告イツ」という。)に対しそれぞれ二〇〇万円並びに原告厚子、同英文及び同太についてはうち各一〇三一万八六一七円に対する昭和五一年八月二一日から、うち各一〇〇万円に対する昭和五四年八月二九日から、原告利馬及び同イツについては右各金員に対する昭和五四年八月二九日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故に至る経緯

迫田利幸行(以下「利行」という。)は、鹿児島実業高校卒業後の昭和三二年一月二〇日陸上自衛隊に入隊し、昭和五〇年八月一日以降同第八特科連隊第五大隊第九中隊に所属し、砲班長として勤務していたところ、昭和五一年八月一七日から同月一九日まで大分県日出生台演習場で行われた大隊訓練検閲(以下「本件検閲」という。)に第九中隊前進観測班連絡陸曹として参加し、右検閲の終了した翌日である同月二〇日午前一〇時頃、日出生台演習場小岩扇山に掘られた前進観測班用壕の復旧作業のため、前進観測班長名越高正三尉(以下「名越」という。)とともに、小岩扇山に赴き、右壕の復旧作業を終えて、同日午前一一時三〇分頃、小岩扇山を出発した。

2  事故の発生

(一) 日時 昭和五一年八月二〇日午前一一時四〇分頃

(二) 場所 大分県玖珠郡玖珠町大字岩室字相之迫県道上(以下「本件事故現場」または「本件道路」という。)

(三) 事故車 四分の一トントラツク(J五四―A型、車番〇二―〇二六四、以下「本件ジープ」という。)

(四) 事故態様 利行は、名越とともに本件ジープに乗車し、小岩扇山から六面地蔵不斉四差路(以下「本件四差路」という。)への日出生台演習場内を通る坂道(以下「本件坂道」という。)を下つてきたところ、本件ジープが右四差路の手前約五〇メートルの地点で石に乗り上げ、以後蛇行しながら本件坂道を下り、右四差路から左に折れて玖珠町に至る本件道路に進入し、本件事故現場において転覆した(右事故を、(以下「本件事故」という。)。

(五) 結果 利行は、本件事故により、左下肢切断創及び頭部外傷の重傷を負い、長外科病院に搬入されたが、同日午後一時一〇分頃、同病院において外傷性シヨツクにより死亡した。

3  主位的責任原因

(一) 国家賠償法(以下「国賠法」という。)第一条の責任

名越は、第九中隊長茂谷節雄一尉の命により、前記壕の復旧作業を終え、小岩扇山から本件ジープを運転して廠舎へ帰隊する途中、その運転を誤り、本件事故を発生させたものであり、本件事故は、名越が国賠法第一条にいう国の公務員として公権力の行使に当たり惹起したものであるから、被告は、同法条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の責任

被告は、本件ジープを自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

4  予備的責任原因

仮に、利行が、本件事故当時、本件ジープを運転していたとしても、被告には、以下のとおり責任がある。

(一) 国賠法第一条の責任

(1) 名越は、前記第八特科連隊第五大隊第九中隊の小隊長で、本件検閲において前進観測班長として利行を指揮していたもので、利行の本件ジープの操縦にあたつても、指揮官として、利行に無謀運転させないよう配慮すべき義務があるのに、これを怠つた過失により本件事故を発生させたのであるから、前記3(一)同様、被告は、国賠法第一条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) また、名越は、本件ジープの車長として、同車の安全運行、経路の選定及び速度の規制等の任務を有していたにもかかわらず、右任務の懈怠により本件事故を発生させたのであるから、右(1)同様、被告は、国賠法第一条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二) 国賠法第二条の責任

(1) 本件坂道は、演習場道路であり、被告の営造物であつて、被告により人の頭大及び拳大の砕石によつて道路補修がなされていたところ、右砕石により路面が滑り易い状況であつたため、本件ジープは、そのブレーキ操作によりタイヤがロツクされ、ハンドル操作が不可能な状態となつて本件坂道を滑り下り、本件事故が発生したものであつて、被告の本件坂道を砕石により滑り易い状態のまま放置しておいたという道路管理の瑕疵に起因して本件事故が発生したものであるから、被告は、国賠法第二条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) また、本件ジープは、被告の営造物であるところ、右ジープに座席ベルトが設置されていなかつたため、本件事故の際、利行が本件ジープにより投出され前記傷害を受けて死亡したものであり、被告の本件ジープの設置又は管理の瑕疵によつて利行の死亡の結果が発生したのであるから、被告は、国賠法第二条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

5  損害

(一) 逸失利益 四〇八三万〇七二一円

利行は、昭和九年五月二一日生まれの健康な男子であるから、本件事故に遭遇して死亡しなければ満六七歳まで二五年間就労可能であつたところ、本件事故当時二等陸曹一七号俸の俸給、扶養手当及び営外手当の支給を受けていたほか、期末手当(本俸、扶養手当及び営外手当の合計額に三・八月分を乗じた額)及び勤務手当(本俸及び営外手当の合計額に一・一月分を乗じた額)の支給を受けていたが、毎年一月一日には一号俸づつ昇給するうえ、営外手当及び扶養手当も増額され、遅くとも昭和五八年一月一日には一等陸曹に昇任し、昇任時には昇任前階級支給号俸の額の直近上位の額の号俸による俸給が支給されるものであるから、昭和六一年五月二一日の満五二歳の退職まで前記同様一号俸づつ昇給した額の収入を得られ、また、右定年退職時には、別表一のとおり、退職金一〇七〇万一九九〇円の支給を受けられるはずであり、更に満五二歳以降満六七歳までは昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、新高卒男子年齢別平均賃金を下らない額の収入を得られたはずである。したがつて、右収入額から生活費として三五パーセントを控除し、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、利行の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、別表一及び二のとおり、四〇八三万〇七二一円となる。

(二) 相続

原告厚子は利行の妻であり、原告英文及び同太は利行の子であつて、右原告らは、利行の死亡により、法定相続分に従い、各三分の一の割合で利行の損害賠償請求権をそれぞれ相続取得した。

(三) 慰藉料 合計一〇〇〇万円

利行は原告らにとつて一家の支柱であることその他諸事情を考慮すると、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては各二〇〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用 五〇万円

原告厚子、同英文及び同太は、利行の葬儀を行い、その費用として五〇万円を各三分の一の割合で分担して支出した。

(五) 損害のてん補 一六三七万一八六九円

原告厚子、同英文及び同太は、本件事故による損害に対するてん補として、被告から遺族補償年金一二二五万三〇三四円、退官退職費三七一万二六九五円、葬祭補償費四〇万六一四〇円の支払を受け、これを前記法定相続分である各三分の一の割合で各自の損害に充当した。

(六) 弁護士費用 三〇〇万円

原告厚子、同英文及び同太は、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告ら訴訟代理人らに本訴の提起及び追行を委任し、その報酬として相当額を支払う旨約したが、本件の審理経過等諸般の事情を考慮すると、右弁護士費用としては三〇〇万円が相当である。

6  結論

よつて、原告らは、被告に対し、本件事故による損害賠償として、原告厚子、同英文及び同太において各一一三一万八六一七円、原告利馬及び同イツにおいて各二〇〇万円並びに原告厚子、同英文及び同太についてはうち弁護士費用を除く各一〇三一万八六一七円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五一年八月二一日から、うち弁護士費用各一〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五四年八月二九日から、原告利馬及び同イツについては右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五四年八月二九日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実のうち、本件事故が第九中隊長茂谷節雄一尉の命により壕の復旧作業を終え、廠舎へ帰隊する途中に発生したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

同3(二)のうち、被告が本件ジープを自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、その余は争う。

4  同4(一)(1)のうち、名越が陸上自衛隊第八特科連隊第五大隊第九中隊に所属し、本件検閲において前進観測班長であつたことは認めるが、その余は争う。同4(一)(2)の事実は否認し、その主張は争う。同4(二)(1)のうち、本件坂道が自衛隊の演習場内の道路であり、被告の営造物であつて、被告により人の拳大の砕石によつて道路補修がなされていたことは認めるが、その余は否認ないし争う。同4(二)(2)のうち、本件ジープが被告の営造物であること、利行が本件ジープより投出され左下肢切断創及び頭部外傷の傷害を受けて死亡したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

5  同5(一)のうち、利行が、本件事故に遭遇して死亡しなければ満六七歳まで就労可能であつたこと、本件事故当時利行が二等陸曹としての俸給、扶養手当、営外手当、期末手当及び勤勉手当の支給を受けていたことは認めるが、その余の主張は争う。同5(二)のうち、原告厚子が利行の妻であり、原告英文及び同太が利行の子であることは認めるが、その余は争う。同5(三)及び(四)は不知ないし争う。同5(五)は否認ないし争う。同5(六)は不知ないし争う。

6  同6の主張は争う。

三  被告の反論ないし抗弁

1  本件事故の発生状況について

本件事故は、利行が本件ジープを運転して本件坂道を本件四差路の約五〇メートル手前の地点まで、時速二〇ないし三〇キロメートルの速度で下つてきたところ、本件ジープの後輪が石に乗り上げて右に滑りハンドルを取られたため、ハンドル操作により本件ジープの走行を立て直そうとした際、本件ジープの左前輪が本件坂道の左側溝に落輪しそうになつたので、ハンドルを右に切つたところ、右前輪が右側崖に落輪しそうになつたためハンドルを左に切る等の動作を繰返し、適切なハンドル操作をしなかつたため、蛇行しながら走行しているうちに下り坂のため速度が上昇し、坂を下り切つた付近で左にハンドルを切りながらブレーキを踏んで本件道路へ出ようとしたが、曲り切れずに本件道路右側の側溝に右前後輪を脱輪させ、そのまま約七メートル前進し、同側溝内にあつた直径約三〇センチメートルの石に乗り上げ、その衝撃で本件ジープが再び本件道路上に上つたうえ上部が下になる等回転したため、利行及び名越が本件ジープから落下したものである。

右のとおり、本件事故は、本件ジープの運転者である利行が本件坂道におけるハンドル及びブレーキ操作を誤つたことに起因するもので、利行の過失によるものである。

2  自賠法第三条の責任について

(一) 他人性

利行は、本件事故時、本件ジープの運転者であつたから、自賠法第三条の「他人」に該当しない。

(二) 時効について

仮に、名越が本件ジープの運転者であつたとしても、原告らの自賠法第三条に基づく請求がなされたのは、本件事故から六年七ケ月経過した昭和五八年三月一〇日であるから、被告の右法条に基づく損害賠償債務は本件事故当日から三年の経過とともに時効により消滅しているので、被告は右時効を援用する。

3  道路管理の瑕疵について

本件坂道は、専ら自衛隊の演習用に供されている特殊な営造物であり、一般道路と同一に論じることはできず、道路の管理の瑕疵についても、本件坂道の目的・用法等の特殊性に則して考えられなければならない。

よつて、本件坂道に拳大の石が散在していたことをもつて、本件道路の管理に瑕疵があつたとはいえない。

4  座席ベルトの設置について

(一) 自衛隊の使用する自動車は、保安基準に適合していなければ運行の用に供してはならず(自衛隊の使用する自動車に関する訓令第一〇条)、保安基準に適合しているかどうかについて保安検査が行われ、保安基準に適合した場合には保安検査証が交付されるが、右検査証の有効期間(二年)が満了する場合に保安検査が実施され、右検査は「座席、座席ベルト」の項がある検査票を用いて実施される。

本件ジープは、本件事故の直前である昭和五一年六月二一日に保安検査が行われ、検査証が交付されているから、右検査時に座席ベルトが設置されていたことは明らかであり、本件事故時に座席ベルトが設置されていたことが合理的に推定できる。

(二) 仮に、本件ジープに座席ベルトが設置されていなかつたとしても、本件事故は座席ベルトが設置されていなかつたこととは関係なしに発生したものというべきであつて、右ベルトが設置されていれば損害の発生ないし拡大を防ぎ得たというべき特段の事情も認められないから、本件事故と利行の死亡による損害との間に因果関係もない。

5  損害のてん補 二九六九万七九七五円

被告は、原告らに対し、本件事故による損害に対するてん補として次の金員を支払つた。

(一) 遺族補償年金 一八九一万三六九九円

(二) 遺族補償特別給付金 三五八万九七七一円

(三) 葬祭補償 四〇万六一四〇円

(四) 遺族特別支給金 一〇〇万円

(五) 遺族特別援護金 一〇〇万円

(六) 奨学援護金 一三二万四〇〇〇円

(七) 退職手当 三四六万四三六五円

四  被告の反論ないし抗弁に対する認否

1  被告の反論ないし抗弁はすべて否認ないし争う。

2  同5の金員を受領したことは認めるが、損害のてん補にあたることは争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故に至る経緯)及び2(本件事故の発生)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の発生状況について判断する。

1  前記争いのない事実に、いずれも成立に争いのない乙第一ないし三、第一六ないし一八、第二一ないし二四、第二七号証、本件事故現場付近を撮影した写真であることに争いのない乙第一九、二〇号証の一(同第二〇の二と同一)、第二五号証、甲第九号証の一(a、b)、二(a)及び証人松井更生の証言により、真正に成立したものと認められ甲第九号証の一(d、e)、証人名越高正、同小原土、同塚崎三丸、同山本友晴、同園川清、同茂谷節夫、同鈴木三郎、同鵜木力及び同江守一郎の証言並びに鑑定の結果と弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件坂道は、陸上自衛隊西部方面隊に所属する日出生台演習場内に所在する道路(私道)の一部であつて、小岩扇山から本件四差路へ通じる勾配約一〇ないし一五パーセントの南北に走る砂利敷設の未舗装の道路で、その車道幅員は、本件四差路付近で六・九メートル、それより小岩扇山寄りは約五メートルで、その両側には路肩と側溝があり、その道筋は緩やかに蛇行していた。

右道路については、本件事故の約一ケ月前である昭和五一年七月一七日から同月三〇日までの間に自衛隊の定期整備が実施されたが、その際には、砕石機(クラツシヤー)にかけて砕いた鉄平石が、右車道上のくぼみ等路面の悪い部分に敷設され、その上に土及び砕石の際のずり石等が敷かれたうえドーザー(キヤタピラが広くついたブルドーザー)等によつて砕石やずり石が配土盤で均等になるようにかきながら締圧され、その後グレーダー(路面整形用の機材)によつて研磨され、また、その路肩部分には、 砕石機にかからない石等右砂利よりやや大きめの砂利が並べられて側溝と車道が区分され、側溝には更に大きな石が整水のために入れられた。そして、本件事故当時は、本件坂道は、右整備後通行した車両により、道なりに轍ができており、轍の間にはやや大きめの拳大の石があつたが、その轍上は砂利が踏み固められた状態であつた

右坂道は、自衛隊の演習場内にある私道であるため、ほとんど一般民間人の車両は走行することはなく、ジープ等の特殊自動車でない一般の乗用自動車等では、走行することも困難な道路であつた。

(二)  本件道路は、演習場内の本件坂道と本件四差路で約五五度の角度で交差し、田代方面から玖珠方面に至る砂利敷の未舗装の県道であつて、本件事故現場付近は南から北に向かつて右にカーブし、玖珠方面へやや下つていた。右車道幅員は、約五・五メートルで、両側には側溝があり、玖珠方面に向つて右側の側溝の幅は約一・三メートル、左側の幅は約一メートルであつた。

(三)  本件ジープは、全高一・八五メートル、ホイールベースの長さ二・〇三メートル、トレツドの長さ前後とも一・二三五メートルで、本件事故当時、幌はかぶせられてあり、運転席側のサイドカーテンも付けられていたが、両側のドア、助手席側のサイドカーテン及びリアカーテンは、外されていた。そして、ドア部分にある乗員の飛び出し防止のための安全ベルトは、助手席側のみ装着されていた。本件ジープは、本件事故当日(昭和五一年八月二〇日)の朝(午前九時四〇分頃まで)洗車されたが、その際水洗いしたチエーンは、乾燥させるため、そのまま格納されずに後部座席の下部の鋼板の上に置かれていた。

本件ジープは、本件事故後、本件道路の玖珠方面に向かつて右側側溝から約三・六五メートルのところに玖珠方面に車両後部を向け、右側を下にして、車輪を右側溝側に向けて停止しており、前面ガラスフレームの左フロントピラーがくの字に曲損され、左側バツクミラー及びそのすぐ前にある左側ウインカーが破損していたが、右前フエンダーの外側に擦過痕を残している他には、顕著な損傷はなかつた。

(四)  本件事故当日の朝、名越は、山元二曹の運転する本件ジープに利行を同乗させ、洗車のため湯布院駐屯地へ赴き、洗車を終えて廠舎に帰つたが、右山元が燃料係としてモータープールに残らなければならなかつたことと本件検閲において利行が管理していた装備品の部品を紛失したためこれを捜索するため、右山元に代わつて、利行に本件ジープの運転を命じ、小岩扇山の壕の復旧作業現場に向かつたが、利行が本件ジープを運転して通行したのは、初めてのことであつた。

右壕の復旧作業は、約三〇分程度で終了したので、午前一一時二〇分頃、名越は、利行に本件ジープの運転を命じ、自らは助手席に同乗して、小岩扇山を出発し、利行は、その後本件坂道を特に危げなく時速約三〇キロメートルの速度で本件ジープを運転走行してきたが、本件四差路の約五〇メートル手前の地点に差しかかつた際、後輪が道路上の石に乗り上げて右にすべり、前輪が左にとられて道路左側溝に左前輪が落輪しそうになつたため、あわててハンドルを右に切つたところ、右側の崖に右前輪が落輪しそうになつて、ハンドルを左に切るなど二、三回ハンドル操作を繰り返し、蛇行しながら本件坂道を下つていくうち、速度が上昇し、時速約四〇キロメートルの速度になつて、本件四差路の手前まで走行し、本件四差路を右折して進行すべきであつたにもかかわらず、そのまま、直線的に本件道路を斜めに横断して、本件道路右側溝に右前後輪を落輪させ、約六・五五メートルそのままタイヤ痕を残しながら走行したのち、右側溝内の人頭大の石(直径約三〇センチメートル)にオイルパンが衝突するなどして再び側溝から路上に乗り上げたため、本件ジープの車両前部が左に振られるとともに右前部が上に持ち上がつて回転しながら空中を飛翔し、右側溝に車両後部を向けたまま車輪が上向きになつて左側面の上の角が路面に衝突したため、前面ガラスの枠の左、左バツクミラー及び左ウインカーが破損したが、その際、利行は、助手席に乗車していた名越ともども本件ジープから落下し、ヘルメツトのあご紐を結んでいなかつたため、右側頭部を負傷するとともに、本件ジープがそのまま停止することなく玖珠方面に進行を続け、再び左回転しながら飛翔し右側面を下にし車輪を右側溝側に向け後部を玖珠方面にして着地したので、利行は、本件ジープの右側ステツプによつて右膝を切断された。

そして、利行は、両足にチエーンを巻きつけ、顔にエンジンオイルをつけ仰向けになつて、頭を本件道路の玖珠方面に向かつて右側の側溝に向けたまま、横転した本件ジープと垂直に本件道路上に寝ころがつた形で転倒した。

(五)  名越は、本件ジープの助手席に同乗中、煙草を吸つていたが、本件坂道にかかる手前の前方の視界が開けた地点で、現地と地図とを照合するため、右手に地図を持ちながら周辺を見渡していたところ、利行が運転していた本件ジープの後輪が石に乗り上げて右に滑り、左前輪が左側溝に落輪しそうになつたため、「ブレーキ、ブレーキ」と言つて利行に減速するよう指示したが、その直後、本件道路の本件ジープが落輪した側溝の先に立つている電柱に衝突すると思つた瞬間気を失つてしまつた。

2(一)  右認定に対し、甲第一四号証(荒居茂夫の鑑定書)、同第二三号証(荒居茂夫の意見書)及び証人荒居茂夫の証言中には、本件ジープは本件道路の側溝に落輪しないまま左方向に曲進中、路上の石か何かに乗り上げて、車両前部を右方に車両後部を左方に向けるローリングを起こすとともに、左方向にヨーイングを起こして左を下にして横転し、上下さかさまになつて左回転して、右を下に横転して停止したもので、その左にヨーイングする遠心力によつて、安全ベルトをはずして運転席側に乗車していた名越が外に早い段階で放り出されたが、利行は、回転する車両内で車内の構造物に体を打付け、後部に置かれたチエーンに身体を巻き付けるなどして負傷した旨の記載ないし供述部分がある。

しかしながら、前掲乙第一九、二〇号証の一、証人塚崎三丸、同園川清、同鵜木力の各証言によれば、本件事故現場の路面には、本件ジープが右側溝に落輪したときに印象されたものとみられるタイヤ痕が残されているうえ、右側溝内には、本件ジープの車体下部が乗り上げたとみられる人頭大の石が発見されており、右の石には本件ジープのナイルバンが衝突したことによるものとみられるオイルが付着していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件ジープが右側溝に落輪したことは明らかであり、また、前掲乙第二〇号証の一によればバツクミラーの破片がウインカー破片より右側溝側に散乱していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、右各破片の落下位置は前記の証人荒居茂夫の指摘する本件ジープが左側面を下にして転倒した際の車両の方向と合致しないことなどを勘案すると前記甲第一四、第二三号証の記載及び証人荒居茂夫の供述部分は到底採用することができないものといわざるを得ない。

(二)  また、甲第一三号証の一(山本友晴の手記)及び証人山本友晴の証言中には、利行が負傷後、本件ジープを運転していた者に対し「ストツプ、ストツプ、車を止めろ」などとうわ言を言つていた旨の記載ないし供述部分があり、証人安部忠彦の証言中にも利行が事故後運び込まれた建設現場において、「小佐ストツプ、ストツプ」とうわ言を言つた旨の供述部分があるが、右山本の証言によれば、右発言は利行が無意識の状態で述べてたものであるうえ、利行はその際「俺は中隊長だぞ」などと意味の不明な発言をしていたことが認められること(右認定を覆すに足りる証拠はない。)などを勘案すると、利行の前記の発言をもつて前記認定を覆し、あるいは名越が事故当時本件ジープの運転者であつたものと推認するには足りないものというべきであり、その他に、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

三  次に、被告の責任について判断する。

1  名越が本件ジープの運転者であつたことを前提とする責任

(一)  国賠法第一条の責任

本件事故当時、本件ジープを運転していたのは利行であることは前記二に認定したとおりであるから、被告に名越の運転上の過失を前提とする国賠法第一条の責任が認められないことは明らかである。

(二)  自賠法第三条の責任

被告が本件ジープを、自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないが、前記認定のとおり、本件ジープの運転者は利行であるところ、自賠法第三条にいわゆる「他人」のうちには、当該事故車の運転者は含まれないから、被告には自賠法第三条に基づく責任はないものといわざるを得ない。

2  利行が本件ジープ運転者であつたことを前提とする責任

(一)  国賠法第一条の責任

(1) 名越が陸上自衛隊第八特科連隊第五大隊第九中隊に所属し、本件検閲において前進観測班長であり、利行も右中隊の前進観測班連絡陸曹として、右検閲に参加していたことは当事者間に争いがないが、前記認定事実、なかんずく、利行は、本件事故当日小岩扇山に向かう往路に本件坂道を本件ジープを運転して走行しており、その際の利行の運転には特に危険性はなかつたこと、また、本件事故は、専ら利行の本件坂道を下るにあたつてのブレーキ及びハンドル操作の誤りに基づくものであることなどを勘案すると、名越に指揮官として利行に無謀運転させないように配慮すべき職務上の義務を怠つた過失があると認めることはできないものというべきである。

(2) 成立に争いのない甲第二九、三〇号証によれば、本件事故当時、自衛隊においては、部隊等の長が部隊運用上必要とする場合には既に廃止された車長制度、すなわち部隊長が各車両ごとに車長を任命し、車長は単車運行の場合、安全運行、経路の選定、速度の規整等の責任を負うものとする制度を採用することが許されていたことが認められるが、本件事故当時、前記陸上自衛隊第八特科連隊第五大隊第九中隊において右のような車長制度を採用していたと認めるに足りる証拠はない。

したがつて、名越が本件ジープの車長であつたことを前提にしてその任務懈怠により被告に国賠法一条の責任を認めるべきであるとする原告らの主張は、その前提を欠き、失当であつて、被告にその旨の責任を負わせることはできないことはいうまでもない。

(二)  国賠法第二条の責任

(1) 本件坂道が国の営造物である演習場内の道路であつて、被告により人の拳大の砕石によつて道路補修がなされていたことは当事者間に争いがないが、他方、被告が本件坂道の車道上を人の頭大の石で補修したこと及び本件事故当時人の頭大の石が車道上に散在していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、本件坂道を一般民間人の車両が通行することはほとんどなかつたことは前示のとおりである。

右事実によれば、ジープ等の特殊自動車が主として通行する自衛隊の演習場内の私道である本件坂道を補修するにあたつて、人の拳大の砕石を敷設したとしても、これをもつて道路の管理上に瑕疵があるとは認め難いところであり、また、証人塚崎三丸の証言によれば、本件坂道には、本件事故の際、運転者が本件ジープのブレーキをかけた形跡がなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、本件事故は利行が本件ジープのブレーキをかけたにもかかわらず路面の砕石によつてブレーキがきかない状態となつて発生したものということもできず、かえつて、本件事故は、前記認定のごとく、利行が本件ジープを運転して本件坂道を下るに際し、適切なブレーキ操作をせずハンドル操作を誤つたことに起因して発生したものというべきであるから、被告に道路の管理瑕疵による国賠法第二条の責任を認めることはできない。

(2) 本件ジープが被告国の営造物であり、利行が本件ジープより投出されて左下肢切断創及び頭部外傷の傷害を受けたことは当事者間に争いがないところ、証人鵜木力の証言中には、本件事故当時本件ジープには座席ベルトが設置されていなかつた旨の供述部分があるが、前掲乙第一、第二七号証、成立に争いのない乙第五、六、第三三号証、乙第三一号証の三によれば、昭和四五年に製造されたJ五四―A型の本件ジープの運転席には二点式座席ベルトが設置され、本件事故前の昭和五一年六月二一日に実施された保安検査においても右ベルトの設置は検査対象として検査されてその存在が確認されており、本件事故当時において右ベルトが破損したことなどを示す報告がなされていなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はないから、前記供述部分はたやすく採用することはできず、他に本件ジープの運転席に座席ベルトが設置されていなかつたことを認めるに足りる証拠はない。

してみると、その余について判断するまでもなく、本件ジープに座席ベルトが設置されていなかつたことを前提として、被告に国賠法第二条の責任を認めるべきであるとする原告らの主張は採用できず、被告に同条の責任を認めることができないものというほかない。

四  結論

以上のとおりであるから、原告らの被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 比佐和枝 小林和明)

別表一 自衛隊在職時及び退職金の逸失利益の現価

<省略>

別表二 自衛隊退職後から満67歳までの逸失利益の現価

<省略>

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